東アジアカップ2013で選出されました!!
豊田陽平選手と本田圭佑選手の関係とは!?
東アジアカップ2013はJリーグの選手のみの日本代表ですが、
サッカー関係者では早く日本代表に呼べと昨年から
多くの声が上がっていた豊田陽平選手がとうとう選出されましたね!
初の日本A代表入りがなんと『28歳』!!
U-23日本代表で北京オリンピックには出場されましたが、
それも2008年、5年前の話です。
遅咲きのストライカー。
カッコいいですね!!
たくさんの方が勇気や希望を貰える
日本代表選出ではないでしょうか!?
豊田陽平選手ってどんなサッカー選手!?
初の日本A代表入りということで
まだ豊田陽平選手のことをよく知らない
方もいるのではないでしょうか!?
石川県出身
1985年生まれの30歳
身長185cm、体重79kgの『大型ストライカー』
効き足は右足
ポジションはFW (センターFW)
身長185cm79kgはなかなか日本人ではいない
恵まれた体格ですよね!
プレースタイルも体格を活かした強靭なフィジカルを
武器に空中戦での競り合いで打ち勝つプレーや、
強さだけでなくスピードも有り、
DFと競り合いながらもシュートを決め切るプレーが特徴です。
経歴
星稜高校 (石川県)
⇓
J1 名古屋グランパス (2004-2008)
⇓
J2 モンテディオ山形 (2007-2008) 【期限付き移籍】
⇓
J1 京都サンガFC (2009-2011)
⇓
J2 サガン鳥栖 (2010-2011) 【期限付き移籍】
J1 サガン鳥栖 (2012~) 【完全移籍】
モンテディオ山形の2年間と
サガン鳥栖での2年間の
そこからJ2で結果を出し、28歳で日本代表まで
上りつめる、なかなか出来ることじゃありません。
ちなみに各年の得点数は、
2004年 名古屋グランパス 0得点 (4試合出場) J1
2005年 名古屋グランパス 4得点 (20試合出場) J1
2006年 名古屋グランパス 1得点 (9試合出場) J1
2007年 モンテディオ山形 6得点 (29試合出場) J2
2008年 モンテディオ山形 11得点 (23試合出場) J2
2009年 京都サンガ 1得点 (21試合出場) J1
2010年 サガン鳥栖 13得点 (34試合出場) J2
2011年 サガン鳥栖 23得点 (38試合出場) J2 【得点王】
2012年 サガン鳥栖 19得点 (33試合出場) J1
2013年 サガン鳥栖 12得点 (17試合出場時点) J1
上を見ても分かるように順風満帆のサッカー人生
というよりは苦労人といった感じですね。
結果を残して這い上がってきた感じ、
とても男らしくカッコいいですね。
得点の流れを観ると
豊田陽平選手は移籍によって道を切り開いてきた
感じがしますね。
結果が出ないときには環境を変えてみるのは
ひとつの方法であるということですね。
2011年にサガン鳥栖で23得点を取り
得点王になってから大きく花開いたように感じます。
2012年にはJ1で19得点で得点ランキング2位に入り、
初のJリーグベストイレブンに輝く程の活躍をされています。
日本代表歴
U-21日本代表
U-23日本代表 (北京オリンピック、3試合出場・1得点)
日本A代表 (東アジアカップ2013)
10代で日本代表には選出されずに
20歳を超えてから日本代表に選出されるのも
すごいことです。
それを考えるとオリンピック代表以降
日本代表には約5年間選出されなくても
返り咲いたのは意外ではないのかも知れません。
豊田陽平選手と本田圭佑選手の関係とは!?
豊田陽平選手がどのような選手か分かったところで
本題に入ります。
豊田陽平選手と本田圭佑選手を結びつける話が
多くありますが、なぜなんでしょうか?
上の経歴を読んだら分かりましたよね!笑
豊田陽平選手と本田圭佑選手は同じ
星稜高校出身だったんですね!!
豊田陽平選手が1歳学年が上です。
なので
『本田圭佑選手は今でも豊田陽平選手に頭が上がらない』
なんて話があります。
この話題の発端は豊田・本田両選手の星稜高校の
恩師河崎監督の
「圭佑は昔からトヨには頭が上がらない。それを考えれば、圭佑が少し先走っていたとしても、トヨは『何やってんだ』と言って止められる存在になる。圭佑はトヨの言うことはよく聞くから」という発言からのようです。
まあ高校時代と違って今の本田圭佑選手が先走ることは
基本的にないでしょうから豊田陽平選手が止める機会
なんてないでしょう。笑
また、本田圭佑選手が星稜高校の時に
豊田陽平選手に対し
「この先輩にはかなわない」
と発言したという話もあります。
この発言も踏まえ
【本田圭佑選手は豊田陽平選手に頭が上がらない】
という話がよく取り上げられるようになったのでしょう。
豊田陽平選手と本田圭佑選手の関係は
高校時代だけじゃないんです。
なんと両選手ともプロとしての最初のクラブに
選んだのが『名古屋グランパス』
だったんです。
2004-2006年も名古屋グランパスで一緒にプレー
していたということは、約5年も豊田陽平選手と
本田圭佑選手は同じチームでプレーしていた
ことになりますね!!
更に北京オリンピックにも一緒に選出されています!笑
なかなか5年同じチームでプレーすることはないです。
それから約7年経過してますから
両選手とも進化を遂げているでしょうけど、
5年一緒にいたのだから公私ともに
コンビネーションは素晴らしいのではないでしょうか。
今回の東アジアカップ2013で結果を出し日本代表に
定着出来れば、翌年のワールドカップ2014ブラジル大会
で久しぶりに豊田陽平選手と本田圭佑選手が
一緒にプレーする所を観れます。
ワールドカップ2010南アフリカ大会では
4-2-3-1のワントップの位置に
本田圭佑選手しか入れる選手がおらず
本田圭佑選手がワントップを務めましたが、
海外の屈強なDFを背負ってプレー出来るであろう
豊田陽平選手がワントップの位置に入れば
本田圭佑選手が一番活きるであろう
トップ下の位置でプレー出来るでしょう。
それを叶えるため、是非とも東アジアカップ2013で
活躍して次繋げて欲しいですね!!
豊田陽平選手と本田圭佑選手が日本代表で
再開出来るのを楽しみに応援しましょう!!
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